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山と元太

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マッターホルン登頂記

昨年に続き、横浜市役所山岳部でヨーロッパ遠征にいった。
昨年はチームリーダとして人生初の海外登山に行き、目標のモンブランには悪天のため登頂できず、モンブラン・デュ・タキュル登頂・最高到達点4304mとなった。
今年は部長として再びチームリーダーとしての参加。モンブランとマッターホルン2座の登頂を目指した。

7月25日
0:30、エミレーツ航空により羽田からドバイを経由しジュネーブに向かった。羽田からの出発は仕事後には最適であり、昨年はドバイで5時間の待ち合わせがあったが今回は1時間半程度の待ち合わせで済んだ。
エミレーツ航空はサービスも良く、美味しい食事と終始映画を見て過ごした。
13:45、ジュネーブに到着すると事前予約していたアルピーバスでシャモニーに向かう。アルピーバスは乗合にしたが、乗合はメンバーが揃うまで出発が遅れ、寄り道が多く到着が遅れる。急ぐ方は多少高くなるが貸切を進める。行先は指定でき、我々は昨年の失敗を踏まえて山岳保険の申し込みができる山岳協会の前とした。山岳協会は、9:00~17:00までなので到着日に手続きができると2日目の行動が無駄にならない。
16:30に到着し、無事に保険手続きを完了した。事前情報のとおり、グーテルートが閉鎖していること、コスミックルートは難しいことの説明を受けた。手続き後、すぐさま観光案内所に移動し天気を確認しモンブランアタック日を決める。27日は小雨が降るが夜から28日にかけては晴天予報。28日をアタック日と決めた。
運よく案内所には日本語をしゃべれる女性職員がいて、コスミック小屋の予約を取ってくれた。
こうして、重要課題である保険と小屋の予約があっという間に終わった。その日のうちにミディパス・ガス・食材の購入も完了しキャンプ場へ向かった。キャンプ場は昨年と違いミディ駅に近いキャンピング レ ザロル。
駅に近いが、シャワー・炊事場・トイレ等総合的に考えると昨年泊まったキャンピング イル デ バレの方が良いと感じた。明日は高所順化のためタキュルに登る予定とした。

26日
朝6時半のゴンドラに乗り標高3800mのミディ駅へ。
目の前に広がるアルプスの風景。去年の記憶が鮮明に蘇る。「ここに戻ってきた、またアタックできる」実感が沸いてくる。まるで一年前の撤退の日が昨日のように感じた。いや、続きが始まったのだ。
昨年より雪が少ないアルプス、ミディからのルートは若干変わっていたが威厳ある風貌のグランドジョラス、登るであろう遠くに見えるマッターホルン、そして昨年苦汁を飲んだタキュルの雪壁が変わらぬ姿で目の前にあった。
5人のチームを2つに分けて高所順化を開始する。私は2名の部員と共に登山開始。タキュルの雪壁は昨年と違い直登気味のルートがとられていた。雪が少なくクレパスも多く見られた。しかし、足取りは順調であり、日本での訓練の成果もありまずまずのペースで高度を上げていく。4100m付近から稜線沿いに上がると目の前にタキュルの岩峰が現れた。
稜線上は風が強く、ここで部員一名と別れバディでタキュルへ向かう。登山開始から3時間半、タキュル登頂。多少の頭痛はあったものの、問題なく下山した。夜になると天気予報どおり雨が降ってきた。街で雨ということは4000m付近は雪が降っているであろう。昨年の敗退が蘇る。トレースが消え、雪崩のリスクが高まる。しかし、行ってみなければ分からい。高鳴る鼓動の中、期待を胸に就寝した。
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右にグランドジョラス、中央奥にマッターホルン
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タキュル山頂



27日
快晴。アタックの期待が高まる。街に買い出しに行き、キャンプ場に戻る際にゴンドラ運行状況をふと見ると砂時計マークが見えた。「遅れがあるのか?」と感じたが、その時にはそれ以上なにも考えなかった。
11:00、ゴンドラ駅へ向かう。各自昼食を済ませ駅に集合した。
13:00、ゴンドラが強風のため運休中との連絡が入り待機となる。
14:00、同じように待機していたアタック予定の他国隊、ガイド隊が引き揚げ始める。観光案内所に走り、状況収集を行うと本日は動かない、明日も未定、その先の天気も29日雨、他の日は安定せず次のアタックは8月3日が候補となった。しかし、天気はどうなるか解らないが良くはならないと判断し、ツェルマットの天気を調べると30日まで晴れだった。今から移動すれば29日にマッターホルンにアタックできると判断しツェルマット移動を決める。キャンプ場に戻り、荷物をまとめ、シャモニー駅からモンブランエクスプレス等を乗り継ぎ4時間かけて21時にツェルマットに到着した。キャンプ場に入り見上げたマッターホルンは、150周年のライトアップを浴び闇夜にそびえたっていた。

28日
8:30、朝日を浴びるマッタ-ホルンを見ながら、フランへの両替を済ませ観光案内所で天気予報を確認しヘルンリ小屋の予約を取った。装備をまとめ、シュバルツゼー行きのゴンドラへと向かう。山岳保険について観光案内所で問い合わせるも扱い場所等が把握できず、保健無しでのアタックとなる。
シュバルツゼーにつくと目の前にマッターホルンが現れた。その姿は、まるで私に「登ってみなさい」と言わんばかりで、私のクライマー魂を燃え上がらせた。
ハイキング道をとおり2時間程でヘルンリ小屋に到着した。4月に建ったばかりであり、まるでホテルのようであった。
ヘルンリ小屋で情報収集をすると、明日朝の出発時間はガイドが出発した後の4時発となった。マッターホルンでは現地ガイドの優先措置があり、ガイドが出発しそれにガイド無しが続く形となる。このガイドについていくことが大事であり、唯一のルート把握となる。行動が遅れれば遅れるほどルートファインディングが難しくなるのである。
夕食はチキンソテー、美味しくいただき明日の天気やルートを考えながら就寝した。
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ゴンドラ乗り場付近から
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ヘルンリ小屋へ向かう道中にて
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ヘルンリ小屋から見上げるマッターホルン

29日
3時に起き、支度を済ませ食道に行くと他隊のメンバーも起き食事をしていた。パンやヨーグルトを急いで食べコンテニュアンスをとり、4:00アタック開始。天気は曇り。ガイドのヘッドライトはすでに遠く、いくつものヘッドライトの光が点々と続いていた。
タキュルと同様に2チームに分かれ、私は2名とともにアタックした。岩壁を登り始めてすぐに仲間チームが遅れしばらく待つも来ない。前方のチームから離されるとルートを見失うと判断し、先に進むことにした。
暗闇の中、前方のヘッドライトの明かりを手掛かりし登っていく。ルートを外れるともろい岩場になるので、踏みならされた頑丈な岩場を探しながら登る。レベルは3級程度。
マッターホルンは基本はバディで登る。人数が多くなればなるほど行動が遅れる。何せ、1200mの岩登りなのだから。登るにつれて岩場の傾斜がきつくなる。技術的に難しいのか複数のチームが撤退をしていた。しばらく登るとガイドも下山を開始していた。ガイド曰く、14時くらいから雪か雨がふるとの事だったが順調に登れば下山している時間だと考え継続する。
ガイドが下山したことにより、ルートが分からくなった部隊、悪天を避ける部隊が続々と下山を開始し、ソルベイ小屋(4000m)に着いた頃には登山している部隊は我らのみとなった。登山の核心はソルベイ小屋から山頂への470mの登り。クライミング的要素が多くなり、人数が多いと時間がかかってしまう。天気は雪となるが風もない、残りの登山距離、今から下山しても次の日のアックには体力が持たない、装備、食料等を勘案し、下山はソルベイ小屋でビバークも有りと決め登山を続ける。
山頂が近づくにつれ登攀技術・体力が必要となってくる。途中、2組の部隊とすれ違った。共に山頂にたっしたとの事だった。4350m付近、鉄梯子とフィックスロープが垂れ下がった岩壁が現れる。部員一名が登れず断念となる。私はルート設定のためピッチを伸ばして先に進んでいた。もし、あの時、自分が登った後すぐに仲間を引き上げていれば、シュリゲでフィックス作って足かけて登る等の指示が出来ていれば断念せずに済んだかもしれない。今回の反省点であり、悔いである。登ってきたもう一名の部員に、断念した部員が「二人で山頂に行ってください」と言っていたと聞き、天気上置いていくわけにもいかないと思ったが、山頂が手に届く場所にある事、断念した仲間の気持ちを考え、頂上に向かった。
16:00、登山開始から12時間経過したがついにマッターホルン山頂に立った。辺りは雲に覆われ何一つ見えない。しかし、悪天の中、自分達でルートを切り開き達したピーク。表現できない達成感と喜びだった。この日3組目の登頂となる。
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ルート
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凍りつく山頂の十字架
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山頂にて

しかし、マッターホルンの本当の難しさは下山にあった。
雪に覆われルートが分からなくなる。ソルベイ小屋までは9割懸垂下降で降りれるのだが、ピッチを切るための支点探しが重要となる。鉄支点での懸垂は、下降時間がかかるとロープが支点に凍り付き回収しにくくなったりもした。実際にロープ一本が回収不能となった。時間が一刻一刻と過ぎ、22時を過ぎ日が暮れると風が冷たく感じ、容赦なく体温を奪った。励まし合い、声を掛け合いながら、ガーミン(詳細地図なし)を活用し、登山ログで方位を終始確認しながら懸垂した。支点が見つからない場所では、シュリンゲとビナを活用し残地視点を作成した。AM3時、高度計で4005mを確認した。ソルベイ小屋の標高は4003mだが眼窩にも周りにも小屋は見えなかった。懸垂中に右に目をやるとバンドが目に入った。トラバースしバンドに上がると奥に小屋が見えた。「助かった」と思った。トラバースを続けていたその瞬間、足が外れ体が振られた。危険を感じ反射で左足一本で動きを止めたが、全体重と振られたエネルギーが左足にかかり、足を痛めてしまった。激痛が走る。
直感的に「やってしまった」と感じた。痛めた途端に体中に寒気が襲った。身体ががたがたと震えだした。痛めた左足を引きずりながらソルベイ小屋に入り少しの時間就寝した。横になっても震えが止まらなかった。しかし、いつの間にか眠りに入っていた。

30日
仲間の声で目が覚める。3時間程寝たらしい。足の激痛は変わらなかったが、状態からして骨折や靭帯切断ではないと思った。悪くてひび、良くて捻挫と判断した。昨日一日ろくに食べていないことを思い出し、行動食を多めに食べてエネルギーを作った。凍傷、低体温症、怪我、全てエネルギー不足により悪化するのだから。
左足にテーピングをし、登山靴を強めに締め固定した。痛みはあるが何とか歩けるようになった。7時、ソルベイ小屋出発。途中痛み止めにロキソニンをのんだ。6時間かけヘルンリ小屋に到着した。
途中、登山を断念した仲間2人が水を持って迎えに来てくれた。本当に助かった。二人は私たちが戻らないことを心配して遭難対応のシミュレーションをしていたそうだ。本当に迷惑をかけた。
そして、さらに2時間かけてシュバルツゼーのゴンドラ駅まで下山した。途中、外国人の方がストックを貸してくれたりと本当に助けられた。何時どんな時もどこの国も山仲間は清々しく優しく気持ちがいい。私もいつまでもそうでありたい。
無事にキャンプ場まで行き、興奮が覚めない中就寝した。長く険しい一日だったが、クライマーとしての経験値は大きく向上し、今までにない達成感の登山となった。一緒に行けた仲間に本当に感謝である。

31日
足が腫れていたがつま先立ちで何とか歩けたため、シャモニーに戻る。モンブランに再びアタックするためだ。シャモニー戻り、天気を確認し3日にアタックすることを決める。夜は雨が降り続いた。

1日
休養日。皆が街に買い出しに行く中、私はテントで安静とした。しかし、足の痛みを引かず、モンブランは断念した。悔しさはあったが、過酷な条件下でリーダーとしてマッターホルンに登頂した喜びが勝り心の整理はすんなりと着いた。

2日
13:30、ミディ駅までモンブランへアタックする仲間を見送りにいく。足は少しずつ回復し、ストックを使用し何とか歩けるようになっていた。

3日
快晴。街へお土産を買いに行く。外国人女性が包帯をくれた。使用していた包帯が伸縮性包帯ではなかったのだが、それを見かねて「これのほうがいいわよ」と伸縮性包帯をくれた。何と優しいのか。行動食で持ってきていて余っていた羊羹をお礼にあげた。こんな形で役に立つとは。
17:00、仲間が下山してきた。今日は最高のクライミング日和だったため登頂したかと思ったが、1日に積雪が20cmあり、雪崩等でルートの状況が悪く敗退したとの事だった。
悔しかった。登ってほしかった。しかし、次の日が帰国日でもあり無理は出来ないのも知っていたし、ルートの状況が悪いのもある程度予想はできた。何よりも自分が怪我により力に慣れなかったのが悔しかった。

4日
荷物をまとめ帰国となった。ジュネーブまではアルピーバスを使用した。

後記
マッターホルンに登頂できたのは成果であった。1年間のトレーニングと、事前高所順化トレーニングの効果があり、怪我以外は何ら問題はなかった。特に難しい場所もなく、登ることは問題なかった。下山は夜間になると想定していなかったが、GPSを上手く使い良くできた。とても良い経験となった。
怪我は、帰国後の診断で剥離骨折だったが独学で勉強していたテーピング技術が役に立ち剥離骨折でも何とかなることが身に染みてわかった。むろん、剥離の仕方にもよるが。
モンブランは想定外の強風で阻まれたが良い勉強となった。いつか必ず登りたいと思う。
経験という宝を手に入れられた。チーム登山の厳しさを改めて学んだ。来年にむけ自分も含めチームの底上げを図り、一回りも二回りも成長した仲間と共にもう一度挑戦したい。
by yama-genta | 2015-08-13 00:00 |

自然を愛し「生命の強さ、素晴らしさ」を伝える 元消防士、八ヶ岳リトリートハウスFlanオーナー、登山ガイド、森林セラピストのブログ 


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